2023年05月24日

認知行動療法

認知行動療法について

メンタルヘルスだけでなく、日常生活やビジネスシーンにも活用できる。
認知行動療法とは、うつ病をはじめとした精神疾患の治療に効果が認められている心理療法のひとつです。心理療法と聞くと敷居が高く思えますが、実は誰でも簡単に実践できるメンタルヘルスケア方法でもあります。ものごとのとらえ方を変え、行動を変化させることでストレスを感じにくくする効果を期待でき、ストレスを抱えやすい人や落ち込みやすい人などには特におすすめです。さらに、自分の思考やものごとを客観的にとらえる力が身につき、柔軟な対応が可能になるため、日常生活やビジネスシーンにおいても活用することができます。ここでは、誰でも手軽に実践できる認知行動療法についてご紹介します。

「認知」と「行動」の関係

ものごとのとらえ方(=認知)を見直し、行動を変える。
私たちにそれぞれ個性があるように、ものごとのとらえ方や考え方にも個性(クセ)があります。このクセはときに私たちに事実を誤って認識させ、過度にストレスを感じるきっかけを作ったり、問題解決を妨げたりしています。認知行動療法では、このとらえ方のクセを見直すことでネガティブな感情やそれに伴う行動を減らし、よりふさわしい行動を増やすことができます。悲観的・ネガティブなとらえ方を単に楽観的・ポジティブなものにするのではありません。あくまでもどちらか一方に偏らず、状況に応じて柔軟な思考ができるようになることが重要です。次に、認知行動療法が役に立つ具体的なシーンをご紹介します。

歪んだ「認知」が「行動」に及ぼす悪影響

Aさんは仕事でミスをして、上司に報告しましたが返信がありません。「上司は怒っているから返信をくれないんだ。」と落ち込んでしまい、自己嫌悪に陥ってしまいました。その後上司と居合わせても気まずく、避けるようになってしまいました。

認知行動療法では、ある出来事が起きてから行動に移すまで①出来事→②認知→③感情→④行動の4つの段階に分けて考えます。Aさんの場合、上司が実際に怒っているかどうかは分からないのに「怒っているから返信をくれないんだ」と思い込んでしまい、その後の感情(落ち込んでしまう)や行動(上司を避けてしまう)にまで悪影響を及ぼしています。不必要に落ち込んだり、同僚との関係が悪化してはストレスがたまる一方ですし、仕事にも支障が出てしまうでしょう。Aさんの例に限らず、「考えすぎ」や「気にしすぎ」によって過度に不安を抱いてしまうなど、「認知」がその後の「感情」や「行動」に悪影響を及ぼしてしまうことは誰でも経験したことがあるのではないでしょうか。

下記のように、同じ①出来事が起きても、②認知に着目して少し考え方を見直すことによって、おのずと③感情や④行動に変化を起こすことができます。自分のとらえ方の特徴を知り、修正するトレーニングによって、ストレスを感じにくいこころを鍛えることができます。

認知行動療法、思考転換の図_メンタル対応に強い産業医紹介_LiFE Investors株式会社

認知行動療法の有効性

「とらえ方を見直す」というシンプルな心理療法で、ただの精神論やおまじないのような印象を受けるかもしれませんが、実際に多くの研究で認知行動療法の有効性が明らかになっています。例えば、重度・中等度・軽度のうつ病患者それぞれの集団に認知行動療法を実施したところ、重症度に関わらずいずれも同程度の治療効果がみられたという研究結果※1があります。この研究では、従来一般的だった薬物療法と認知行動療法の効果の差は以前から考えられていたほど大きなものではなく、患者の好みや個別性によって治療を選択できると結論づけています。また、多くの研究でうつ病以外の複数の精神疾患に対しての有効性も認められています。これらの有効性を示すデータから、日本では2010年代以降から様々な精神疾患で一定の要件を満たせば認知行動療法を保険診療で受けられるようになりました。研究で成果が見られているだけでなく医療現場でも使われています。

日常生活での実践

病院で本格的な認知行動療法を受けるというのはなかなか難しいですが、自分の傾向を知るためのトレーニングは日常生活のなかで行うことが可能です。仕事からの帰り道でも手軽に実践できる方法をご紹介します。

①その日ストレスや不快に感じた出来事を思い出す
例)同僚に食事の誘いを続けて断られた

②そのとき浮かんだ考えを思い出す
例)嫌われているんだろうか、短時間でも来てくれたらいいのに

③そのときの気持ちを思い出す
例)悲しい50%、不安30%、イライラ20%

④身体の反応・行動を思い出す
例)ため息が出る、その同僚を食事に誘わなくなる

このような振り返りを日々行い、認知の歪み(とらえ方のクセ)はどこにあるか、探してみましょう。自分の考えを客観的に評価することが難しければ、家族や友人に意見を求めたりして、協力してもらうのも一つの手です。認知の歪みに気づくことができたら、意識的に修正していきます。例えば、

「嫌われているんだろうか?」⇒「なにか予定があったのだろう」
「短時間でも来てくれたらいいのに」⇒「もっと早く誘っていたら来られたかもしれない」などと受け止め方を変えてみます。

冷静になって出来事を思い出し、改めて考えを見直すと「実は自分の勝手な思い込みだけで一喜一憂しているだけなのでは…」といったことに気が付くでしょう。楽観し過ぎるのは厳禁ですが、継続していくことで少しずつ、これまでストレスや不快な感情になっていた気持ちが和らぎ、柔軟な思考が可能になっていくはずです。
次に、よくあるとらえ方のクセの例をご紹介します。あなたにも当てはまるものがあるかもしれません。自分のクセを見つけるヒントにしてみてください。※2

日常生活の実践、性格のタイプとその例_メンタル対応に強い産業医紹介_LiFE Investors株式会社

仕事やプライベートにも効果あり?

ここまで、出来事や自分の考えを客観的にとらえ、偏った思考を修正することでストレスの軽減などに効果があるとお伝えしました。客観的に物事をとらえる力を養うことは、ビジネスの場やプライベートにおける人間関係でも大変重要なことです。D・カーネギーの「人を動かす」には、次のような言葉が出てきます。

自動車王ヘンリー・フォードが人間関係の機微に触れた至言を残している―

「成功に秘訣というものがあるとすれば、それは、他人の立場を理解し、自分の立場と同時に、他人の立場からも物事をみることのできる能力である」 ※3

さらに、自分の要求ばかりを主張するのではなく、相手のニーズも理解したうえで対話をすることで、双方にとって利益のある交渉が成立するというエピソードの数々が紹介されています。相手の立場に立って考えることが大切だと分かっていても、なかなか難しく失敗してしまったという経験は誰にでもあると思います。認知行動療法のトレーニングを通して状況を多角的にとらえる力を身に着けることで、日々の仕事や人間関係が良い方向に進むかもしれません。

まとめ

認知行動療法によってものごとのとらえ方=認知を見直し、修正することで日ごろのストレスの蓄積を減らし、メンタルヘルス不調の予防効果が期待できます。また、多角的な視点を身に着けることで、人間関係の円滑化や業務効率化にも繋がるでしょう。自分の認知の歪みはどこにあるのか、日常のワンシーンを振り返るだけでもトレーニングになりますので、是非活用してみてください。
LiFEInvestors株式会社ホームページにて衛生講話資料がダウンロード可能です。ぜひご活用下さい。

出典・参考文献

※1 Cognitive-Behavioral Analysis System of Psychotherapy, Drug, or Their Combination for Persistent Depressive Disorder: Personalizing the Treatment Choice Using Individual Participant Data Network Metaregression – Abstract
※2 マイケル・W・オットー,ナオミ・M・サイモン他著,堀越勝・高岸百合子監訳(2020),『ふだん使いのCBT』,星和書店,p25
※3 D・カーネギー著,山口博訳(1999),『人を動かす 新装版』,創元社,p57
〇 大野裕・奥山真司(2018)、『認知行動療法トレーニングブック[DVD/Web動画付] (第2版)』、医学書院

筆者:NS
慶應義塾大学看護医療学部卒業 看護師・保健師資格を取得し同大学病院にて勤務 公私共に重要な役割を担う働く世代の健康に興味をもち、公認心理師資格を取得し産業保健について勉強中

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